「すぐ火が着く炭」は、一酸化炭素が2倍以上出ていた
――「高温だから有害」では、なかった

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コンロの上で、炭が真っ赤になるまで待つ。数分。その数分を省ける炭が、世の中にはあります。ライターで数十秒あぶれば火が回る「クイックライト炭」。手軽さでは、勝負になりません。では、その数分を省ける炭は、煙の中身をどう変えるのか。90分の実測が出した答えは、一酸化炭素が2倍以上。ところが、炭の表面温度が高かったのは天然炭のほうでした。
この研究は、病院から始まっている
出発点は、病室です。重度の一酸化炭素(CO)中毒で高圧酸素治療——気圧を上げた部屋で高濃度の酸素を吸わせ、体内のCOを押し出す治療——を受けたシーシャ愛好者が、搬送前にクイックライト炭を使っていた。この一例の報告が、研究チームを動かしました。炭の種類で、出てくるCOは変わるのか。
実験そのものは、拍子抜けするほど素直です。中サイズのシーシャに活性炭フィルター、校正済みのシリンジ、CO分析計、赤外線温度計を一直線につなぐ。9〜10gの炭ブリケットを1個だけ載せて火を入れ、3分ごとにCO濃度と炭の温度を測る。それを90分。クイックライト炭と天然炭、それぞれで同じことをやる。ただそれだけの装置で、はっきりした差が出ました。
掲載誌にも触れておきます。Undersea & Hyperbaric Medicine——潜水医学と高圧酸素治療の専門誌です。たばこ研究の畑から出てきた論文ではなく、患者を治療する側が、原因を調べるために炭で実験を行ったものです。だから設計も、人を追いかける疫学調査ではありません。原因かもしれないものを、そのまま実験室に持ち込んでいます。
COは、天然炭の2倍以上だった
90分間の平均CO濃度は、クイックライト炭が3,728ppm、天然炭が1,730ppm。倍以上の差で、統計的にも意味のある差でした(p=0.016)。
ppmは実感しにくい単位なので、桁の話だけしておきます。ふだん吸っている外気のCOは、せいぜい0〜数ppm。そこから桁がいくつも違う世界の数字です。ただしこれは装置がシーシャから引いた気流の中の濃度で、お客様が実際に吸い込む量とも、換気された店内の空気とも別物です。
もうひとつ、平均だけでは見えない差があります。ばらつきです。クイックライト炭は±2,028、天然炭は±501。平均が倍なだけでなく、振れ幅は4倍違う。ただし要旨には、この±が90分のあいだの時間変化の振れなのか、試行ごとの差なのかが書かれていません。試行回数の記載もない。読み取れるのは、クイックライト炭のほうがCOの出方が一定しなかった、というところまでです。
表面温度が高かったのは、天然炭のほう
意外なのは、COの数字より温度のほうです。論文が使ったのは赤外線温度計——読み取れるのは表面の温度で、炭の内側で燃えている温度ではありません。COを多く出すクイックライト炭のほうが、さぞ高温で激しく燃えているのだろう。そう考えるのが自然ですが、測ってみると逆でした。
炭の表面温度は、天然炭が292℃、クイックライト炭が247℃。高いのは天然炭のほう。これも意味のある差でした(p=0.013)。「高温だから有害」という単純な図式は、ここで崩れます。
ただし、この差は控えめです。平均の開きは45℃で、それぞれのばらつき(±87℃と±92℃)より小さい。統計的には有意差がついていますが、炭を1個ずつ持ってきて見比べて分かるほどの違いではない。CO濃度の倍以上という差とは、意味の重さが違います。
では、低い温度のクイックライト炭がなぜCOを多く出すのか。論文が答えを出しているわけではないので、ここからは推測です。ものが燃えるとき、温度が低く酸素が足りないと燃え切らず、一酸化炭素が出やすい。不完全燃焼と呼ばれる現象で、焚き火もコンロも同じ理屈です。低めの温度でくすぶるように燃えること自体が、COを増やしている。そう読むほうが素直です。
「すぐ火が着く」は、何と引き換えなのか
では、クイックライト炭の手軽さはどこから来るのか。炭そのものに、着火を助ける薬剤が加えてあります。ライターの火が触れただけで火花が散り、刺激のある匂いが立つのは、その薬剤が燃えているからです。
その薬剤が何かを、論文は特定していません。ただ、使われるのは硝酸カリウムなどの硝酸塩——いわゆる硝石です。硝酸塩は熱を受けると酸素を放出する酸化剤で、外から入る空気が乏しくても燃焼を進めます。どれだけ入れているか、練り込むのか表面に付けるのかは、銘柄ごとに違い、公開されていません。
この点は、売る側自身がはっきり案内しています。火花が収まり、全体が灰をかぶって赤く落ち着くまで燃やしてから使うこと——クイックライト炭の使い方には、たいていそう書かれています。着火剤は最初に燃やし切ってから使うもの、という了解は、業界の中では以前から共有されているわけです。
ただし論文が測ったのは、着火から90分ぶんの全体です。着火剤が本当にCO増加の主因かどうかまでは、この研究では切り分けられていません。温度の話と着火剤の話は対立する説明ではなく地続きに読めますが、そこまでは推測です。それでも、「すぐ火が着く便利さ」と「煙の中身」が引き換えになっている構図のほうは、動きません。
一酸化炭素が、体の中でしていること
そもそも、なぜ一酸化炭素がまずいのか。赤血球のヘモグロビンは酸素と結びついて全身へ運びますが、一酸化炭素は同じ場所に、酸素の200倍以上——文献によっては240倍という値も出ます——の強さで結びつきます。酸素が足りないのではなく、酸素を運べなくなる。
厄介なのは、居座る時間の長さです。ふつうに空気を吸っているだけでは、体内のCOが半分に減るのに4〜6時間かかる。100%の酸素を吸わせれば1時間前後に縮み、3気圧の高圧酸素室に入れれば20分ほどまで短くなります。冒頭の患者が高圧酸素治療の部屋に入れられたのは、要するにこの時間を買うためでした。ここまでの数値は一般的な医学文献のもので、今回の論文が測ったものではありません。
紙巻きたばこにも一酸化炭素は出ます。ただし、紙巻きの出どころは葉そのものです。シーシャの場合は、葉の上に炭が載っている。燃えているものが一つ多い、というのがこの道具の構造上の事情です。
では、何を燃やすか
天然炭は、正直めんどうです。専用のコンロで数分かけて全体を熾さないと使えないし、継ぎ足す分もあらかじめ用意しておく。クイックライト炭なら、席で数十秒あぶればそれで済みます。効率だけを見れば、答えは決まっています。
それでも天然炭を使い続けるのは、この数字を知っているからです。炭の種類ひとつで、出てくるCOの測定値が倍以上変わりうる。しかも出方の安定まで変わる。お客様が長く過ごす場所の、その入口にあたる部分で、無理はしたくありません。
3,728と1,730。席に着いたお客様には、どちらの数字も見えません。見えないものを倍にするかしないかは、コンロの前の数分で決まります。あの数分は、炭が焚けるのを待っている時間かと思いきや、よりCOの少ない煙を買っている時間です。
S2はこう読む
- 着火剤入りの「クイックライト炭」は、90分平均のCO濃度が天然炭の2倍以上(3,728ppm 対 1,730ppm・p=0.016)。ばらつきも4倍大きい(±2,028 対 ±501)。出方が一定しない、というこの振れ幅のほうが、扱う側には効きます。
- 炭の表面温度は、天然炭のほうが高かった(292℃ 対 247℃・p=0.013)。ただし平均の開き45℃は、それぞれのばらつきより小さい。有意差はついても、炭を持ち比べて分かる差ではありません。
- 「低温でくすぶるほうがCOを出しやすい」は燃焼の一般則で、この論文が確かめたわけではありません。ヘモグロビンへの結合しやすさや半減期の数値も、一般的な医学文献の値です。
- 炭は、火加減や味の調整より一段手前にあります。何を燃やすかを決めた時点で、その日の煙に出るCOの量はだいぶ決まってくる。
正直な注意書き
- COの体感リスクは、店の広さ・換気・炭の個数に大きく左右されます。この研究は炭1個・固定条件での測定で、換気条件を変えた比較はしていません。数値も、実験装置がシーシャから引いた気流の中で測ったものです。
- 症例1件をきっかけに行われた実験室的な短報(掲載誌の Research report 欄、PubMedの分類は症例報告/総説)で、要旨には試行回数(サンプル数)の明記がありません。±が90分間の時間変化の幅か、試行ごとの幅かも、要旨からは判別できません。数値は使用した炭の銘柄や測定条件に依存します。着火剤や低温燃焼がCOの主因だと、この一報だけで断定はできません。
- ヘモグロビンへの結合しやすさや体内での半減期の数値は、出典によって幅があります(200倍/240倍など)。いずれも一般的な医学文献の値で、この論文の測定値ではありません。
- クイックライト炭の着火剤の成分については、この論文は特定していません。本文で触れた硝酸塩(硝酸カリウムなど)と、「灰をかぶって赤く落ち着くまで燃やしてから使う」という注意書きは、いずれも製品情報や業界の一般的な説明に基づくもので、この研究による裏づけとは別のものです。配合量や製法は公開されておらず、銘柄によって異なります。
- この記事は炭の科学を楽しむための読み物です。天然炭を使えばCOが出ない・安全になるという意味ではありません。シーシャは「たばこ」であり健康リスクがあります。医療的な助言ではありません。