S2 SHISHA
Aroma & Chemistry2026.07.189分で読めます

「甘い香り」の正体は、114種類の分子だった

――そして、炭を盛りすぎた瞬間に“コールタール”へ変わる

「このフレーバー、何の香りがするんですか?」——よく聞かれます。桃、ミント、洋なし。言葉ではそう答えます。でも、あの甘い煙の中で実際に何が起きているのかを、分子のレベルで数えた研究があります。数えてみたら、114種類ありました。そして同じ研究は、その香りが台無しになる瞬間も、はっきり温度で示していました。今回は、私たちが毎晩やっている「炭の管理」が、なぜ味を決めるのか——それを論文から読み解きます。

13種類のフレーバーを、機械で「嗅ぎ分けた」

この研究は、市販のフレーバー煙草(いわゆるモアッセル)13製品を、SPME(固相マイクロ抽出)という手法で分析しました。ざっくり言うと、製品から立ちのぼる揮発性の分子を細い繊維に吸着させ、それを機械にかけて一つひとつ同定する——人間の鼻の代わりに、機械で香りを成分に分解する作業です。

その結果、13製品ぜんぶで114種類の揮発性香気成分が見つかりました。一つのフレーバーが、単一の「桃の素」でできているわけではない。何十もの分子が重なり合って、私たちが「桃」と呼ぶ香りになっている、ということです。

甘さを作っていたのは、食品と同じ香料だった

114種類のうち、いちばん多かったのはエステル類でした。多いものでは全体の約40%を占めます。エステルは、果物の甘くフルーティな香りの主役になる分子で、お菓子や飲料の香料としてもおなじみの一群です。

次に多かったのが、酸素化モノテルペン類(最大約23%)。この中には(E)-アネトール——アニスや八角のような、甘く清涼感のある香りの成分が含まれます。

つまり、シーシャの甘い香りの正体は、魔法でも煙草特有の何かでもなく、食品の世界と地続きの香料分子でした。ここは、知っておくと少し安心できる話だと思います。ただし、話はここで終わりません。

190℃を超えると、香りは「コールタール」に変わる

この研究のいちばん重要なところは、加熱したときに何が起きるかを見た点です。フレーバー煙草を190℃まで過剰に加熱すると、煙の中身が変わりました。フェノール誘導体や多環芳香族化合物(PAH)——コールタールの指標とされる成分が放出されたのです。

コールタールと聞いてぎょっとするかもしれません。これは、香りを作っていたはずの分子が、熱を上げすぎることで有害な燃焼生成物へと『化けてしまう』ことを意味します。甘い香りと、焦げた有害物質は、地続きなんです。境目にあるのは、温度です。

言い換えると、フレーバーそのものの良し悪しとは別に、『どう火を入れるか』が、吸う煙の中身を大きく左右する。同じ葉でも、扱い方で別物になる、ということです。

だから私たちは、低温で焚くことにこだわる

ここからは、この論文を読んだ私たちの受け止めです。

シーシャは、炭で葉を『熱する』嗜好品です。炙って燃やすのではなく、熱で香りを引き出す。この違いは、火加減がすべてだということでもあります。炭を盛りすぎれば温度は簡単に上がりますし、放っておけば局所的に焦げます。その瞬間に、せっかくの香り分子は壊れ、論文が示したような望ましくない生成物の側に近づいていく。

私たちが炭をこまめに換えて回るのは、単に『煙を切らさないため』だけではありません。温度を上げすぎない・焦がさない、という香りの側の理由がちゃんとあります。低めの温度を保つほど、エステルやアネトールのような香り成分は壊れずに立ち、過加熱由来の余計なものは出にくい。おいしさと、煙の質は、同じ『温度管理』という一本の技術の上に乗っているのです。

「炭の交換は何回でも無料です」と私たちが言うのは、サービスの話であると同時に、味の話でもあります。この論文は、その理由を数字で裏づけてくれました。

S2 reads it this way

S2はこう読む

  • シーシャの甘い香りは、114種類もの分子(主にエステルとアネトール類)が重なってできている。魔法ではなく、食品と同じ香料の世界の話。
  • 同じフレーバーでも『温度』で煙の中身が変わる。190℃まで過加熱するとコールタール指標の有害成分が出る——香りと焦げは地続き。
  • だから低温で焚き、焦がさないことが、おいしさと煙の質の両方に効く。S2が炭をこまめに換えるのは、味のための技術でもある。
Honest notes

正直な注意書き

  • この研究は機械分析(SPME)による香気成分の同定で、人が実際に吸い込む量を測ったものではありません。
  • 190℃は『過加熱』の条件として設定された値で、通常の丁寧な焚き方の温度そのものではありません。数値は実験条件に依存します。
  • この記事は香りの科学を楽しむための読み物です。シーシャは「たばこ」であり健康リスクがあります。医療的な助言ではありません。
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